後縦靭帯骨化症により素因減額された裁判例 ~疾患で賠償額が半分に?~【後遺障害併合4級】(大阪地裁平成13年10月17日判決)

<事案の概要>
 57歳の男性Xの乗用車が、走行中に停止しようとしたところ、後方から走行してきたYの乗用車に追突されて前方の乗用車にも衝突し、頭部打撲、右肩打撲、外傷性頚部症候群の傷害を負ったため、XがYに対し、損害賠償を求めた事案。
 Xは本件事故によって生じた頚椎部の著しい運動障害につき後遺障害等級6級5号、脊髄損傷につき後遺障害等級7級4号とされ、損保料率機構から後遺障害等級併合4級の認定を受けていた。

<主な争点>
後縦靭帯骨化症による素因減額の可否及び程度

<主張及び認定>

主張 認定
治療関係費 147万2579円 90万9488円
入院雑費 10万4000円 10万2700円
入院及び自宅付添費 143万円 79万4500円
通院交通費 26万2380円 24万5260円
休業損害 854万7760円 808万0087円
逸失利益 4385万5848円 4046万9862円
入通院慰謝料 250万円 200万円
後遺障害慰謝料 1650万円 1600万円
装具代 5万8539円
小計 6866万0436円
素因減額 ▲3433万0218円
損害の填補 ▲1910万0101円
弁護士費用 130万円 130万円
合計 7597万2567円 1653万0117円

判断のポイント Xの既往症である後縦靭帯骨化症による素因減額の可否及び程度

1 裁判所の判断

  本件では、まず、事故とXに生じた症状の因果関係が争われ、Yは、Xには事故以前から頚椎に後縦靭帯骨化症の既往症があったこと、追突のスピードもかなり遅かったことなどを主張して、事故とXの症状との因果関係は認められないと主張しました。
この点について裁判所は、Xに後縦靭帯骨化症の既往症があったことは認めつつも、Xが仕事で工事現場での作業をすることも可能であったことや、本件事故が玉突き事故で、2度の衝撃を受けたことなどから、Xの受けた衝撃は相当なものであって、本件事故後に生じた症状によりXが工事現場での作業をすることができなくなったことも踏まえ、本件事故とXの症状との因果関係を認めました。
もっとも、Xの頚椎後縦靭帯骨化症が現に発現していること、脊柱管の狭窄率は50%を超えるもので、脊髄を相当圧迫していて、それほど重くない外傷によっても大きな神経症状を引き起こす可能性が非常に高い状態にあったことなどから、Xの後縦靭帯骨化症は本件の損害の拡大に相当の寄与をしているとして、5割の素因減額を認めました。

2 コメント

 (1) 素因減額について
     素因減額とは、被害者に、損害の発生・拡大に寄与する事情がある場合に、損害のすべてを加害者に負担させるのは公平でないとして、その被害者の事情を斟酌して、損害賠償額を減額するという理論です。
     素因減額については、法律には定められていませんが、損害の発生について、加害者にも原因はあるものの、被害者が損害を発生・拡大させるような要因を持っていた場合にも、発生・拡大した損害すべてを加害者に負わせるのはあまりにも加害者に酷だということで、民法上の過失相殺の考え方をもとに、実務上認められているものです。
 (2) 後縦靭帯骨化症について
     後縦靭帯骨化症とは、背骨を支えている靭帯(後縦靭帯)が、骨のように固くなり、神経を圧迫することによって、手足のしびれや運動障害などの神経症状を引き起こす疾患です。この後縦靭帯骨化症は難治性疾患とされていて、発症する原因は医学的にもはっきりと分かっていませんが、体質的・環境的・遺伝的な要因によるものではないかとされています。また、加齢によって変性するものであるため、高齢の方が発症することが多いようです。
 (3) 後縦靭帯骨化症と素因減額
     本件で裁判所も引用した最高裁平成8年10月29日判決は、後縦靭帯骨化症による素因減額を否定した原審の破棄差戻し(判断が誤っているとして再度判断し直させること)をし、差戻し審では3割の素因減額が行われました。最高裁は、たとえ事故前に後縦靭帯骨化症が発現しておらず、また、後縦靭帯骨化症に罹患したことについて被害者に責任がなくても、後縦靭帯骨化症が被害者の治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることが明白で、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときには、損害額を定めるにあたっては後縦靭帯骨化症を斟酌すべきであるなどと判示したものです。
     この最高裁の判断からすると、後縦靭帯骨化症が発現していなくても、発現の可能性さえあれば素因減額されてしまうとも思えます。しかし、後縦靭帯の骨化があっても、症状がなく普通に生活している人もおり、また骨化の程度や症状の程度も人によって様々です。そのため、後縦靭帯の骨化があったからといって、直ちに減額されるわけではなく、最高裁判決が示したように、治療の長期化や後遺障害の程度に大きく寄与していることが明白な場合に、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときに初めて、素因減額が肯定されることになると思われます。実際に、後縦靭帯骨化症に罹患していたとしても、それが損害の拡大または後遺障害の残存に影響を与えたといえるかは必ずしも明らかでないとして、素因減額を否定した裁判例もあります(東京地裁平成27年6月24日判決等)。
 (4) 本事案の場合
     本件では、仕事に大きな支障を与えるようなものではないにしても、現に症状の発現がみられていること、脊柱管の狭窄率は50%を超えるもので、脊髄を相当圧迫していて、それほど重くない外傷によっても大きな神経症状を引き起こす可能性が非常に高い状態にあったと認定されたことで、5割の素因減額がされています。
     脊柱管の狭窄率とは、脊柱管前後径に対する靭帯骨化巣の厚さの割合で、これが40%を超えると後縦靭帯骨化症が発症しやすくなるとされており、Xの脊柱管狭窄率は、事故前から50%を超えていたことから、たとえ本件事故に遭わなかったとしても、遠からず発症することは目に見えていたため、Xに生じた神経症状の原因の半分は後縦靭帯骨化症にあるとして、5割もの素因減額を行ったものと考えられます。

交通事故賠償実務において、後縦靭帯骨化症は、素因減額をされうる代表的な疾患の1つであり、多くの裁判例で少なくない割合の素因減額が認められています。そのため、後縦靭帯骨化症に罹患していた場合、被害者が適切な賠償を受けるためには、後縦靭帯骨化症が損害の発生や後遺障害の程度に影響しなかったこと、あるいは影響が少なかったことなどについて適切な主張立証を行う必要があります。後縦靭帯骨化症との診断を受け、素因減額の心配のある被害者の方は、当事務所までお気軽にご相談ください。