上顎骨骨折、下唇貫通創、歯槽骨骨折、歯根破折、全身打撲等

被害者:男性、22歳
受傷部位:上顎骨骨折、下唇貫通創、歯槽骨骨折、歯根破折、全身打撲等
治療期間:約790日
入院日数:33日
実通院日数:約70日
事故状況:旋回するようにUターンしていた被告の乗用車に、後方から直進してきた原告のバイクが衝突。

認定金額
治療関係費 約 774万円
通院交通費 約 5万円
休業損害 約 376万円
入通院慰謝料 約 137万円
後遺障害逸失利益 約 0万円
後遺障害慰謝料 約 630万円
事案の概要・裁判所の判断

本件事故により、被害者は、合計7本の歯や顔の一部を損傷し、かみ合わせの違和感や、下唇の知覚異常、下あご部分の脱色線状痕などの後遺障害が残ったため、後遺障害等級認定では、歯牙障害について12級3号、外貌の醜状障害について12級13号に該当するとして、併合11級の適用を受けた。
裁判では、上記の後遺障害による逸失利益が認められるかが争点となった。

この点について、被害者である原告は、後遺障害によって労働能力が5%喪失したと主張したが、裁判所は、被害者が貿易会社の事務の仕事をしていることを前提として、日常生活上は、日々の食事の不便や対人関係についての精神的な苦痛を受けているといえるものの、仕事への直接的な影響を受けているとまではいえないとして、後遺障害による逸失利益は認めなかった。

もっとも、後遺障害によって原告が対人関係に消極的になり、労働意欲その他労働能力に間接的に影響を及ぼしていることなどを考慮して、後遺障害慰謝料については、原告の請求額(420万円)を超える金額を認めた。

コメント

後遺障害による逸失利益とは、仮に事故による後遺障害がなければ、将来得ることができたであろう利益のことをいいます。この逸失利益は、後遺障害によって仕事にどの程度支障が出たかという労働能力喪失率をもとに算出されますが、たとえ後遺障害が残っていたとしても、被害者が現実にしている仕事に支障がなければ、労働能力喪失率はゼロということになり、逸失利益は認められません。
このように、後遺障害としては認められるものの、それを原因とする逸失利益は認められないのではないか、という問題が議論となりやすい後遺障害のうちの2つが、今回取り上げた事案で争点になっている、歯牙欠損(歯が欠けたり失われたりすること)と外貌醜状(顔などの日常的に人の目に触れる部位に傷跡が残ること)という後遺障害による逸失利益です。

これらの後遺障害は、手や足の関節が動かしにくくなったり、視力が悪くなったりした場合などに比べて、仕事をするうえでは支障がないことが多いものです。そのため、逸失利益はないものとして扱われ、労働能力喪失率もゼロ、という判断が下されやすいといえます。
今回の事案でも、被害者が貿易会社の事務の仕事をしているということがポイントとなって、その仕事をするうえでは、「直接的な影響を受けているとまではいえない」ことを理由に、逸失利益が否定されたのです。もし今回の事案の被害者が、食べることを仕事の一部とする料理人や食品開発研究者であったり、人に見られることを仕事とする売れっ子の芸能人であった場合には、仕事に「直接的な影響」を受けるものとして、逸失利益が認められたでしょう。

ただ、今回の事案でより重要なポイントは、逸失利益とは別の、「後遺障害慰謝料」という項目で、被害者の請求額よりも多くの金額を認めたことにあります。
裁判所は、被害者の仕事への「直接的な影響」は認められないものの、後遺障害によって対人関係に消極的になって、労働意欲その他の労働能力が失われるなどの「間接的な影響」は認められるとして、請求額よりも増額した後遺障害慰謝料を認めました。
このような判断は、仕事への「直接的な影響」が必要とされる「逸失利益」という枠では認められない損害を、「間接的な影響」で足りる「後遺障害慰謝料」という枠に反映させたものといえます。

このように、今回の事案は、たとえある項目では認められない損害であっても、被害者が受けた実際の不利益を考えて、別の項目でそれを補うという、バランスの良い判決であると評価できます。